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東京地方裁判所 昭和41年(行ウ)155号 判決 1968年7月01日

原告 小山礼吉

被告 通商産業大臣

訴訟代理人 鰍沢健三 外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判<省略>

第二、原告の請求原因<省略>

第三、被告の主張

(イ)  被告指定代理人は、本案前の申立ての理由として、

「一、ガス事業法(以下法と略称する)第一七条が、ガス事業者に対し、ガス料金その他の供給条件について供給規程を定めて、通商産業大臣の認可を受けるべきことを命じ、同法第二〇条で、右供給規程以外の供給条件によりガスを供給することを禁じ、もし、特別の事情があるために右供給規程によりがたいときは、通商産業大臣の認可をえて特別の供給条件を定めることができる旨規定する趣旨は、ガス事業が、その性質上、自然独占となることにかんがみ、ガス利用者を保護しようとするにあるというべきである。

しかし、ここに保護の対象となるガス利用者の利益とは、独占に対する一般大衆の利益であつて、ガスを利用し、ないしは利用せんとする者の個々人の利益ではない。従つて、ガス供給区域の住民というだけのことで、原告が本件供給条件についての通商産業大臣の認可を争う法律上の利益を有するに至るものではないから、本件訴えは、不適法である。

二、のみならず、原告が本訴において、求めるとおり、特別供給条件の認可が取消された場合は、一般供給条件によることとなりそうなると、かえつて原告の負担額は増加するのである。即ち、本件特別供給条件によれば、原告の負担する工事費は、金一万三三〇円であるが、一般供給条件によるとその工事費用負担額は金四八万六四〇六円となる。よつてこの点からも訴えの利益がない。」

と述べ

(ロ)本案についての認否及び被告の主張として、

「一、請求原因第一項の事実は認めるが、第二項の事実は否認する。

二、ガス事業は公益事業であると同時に企業なのであるから、ガスを供給するために能率的な経営のもとに必要とされるすべての経費と投下資本に対しては、公正な報酬が確保されねばならない(法第一七条第二項第一号)。それで、もし原告のいうように本支管の敷設費用を当該本支管によつてガスの供給を受ける使用者に負担させることが許されないとすれば、これをガス料金の中に含めて、広く既設の本支管によつてガス供給を受けている者にも分担せしめることとならざるをない(ガス料金を改訂して)。ところが、これらの者は、既に従前のガス料金によつて既設の本支管の敷設費用を負担ずみのものであるから早期にガスの供給を受けた者は、新規にガスの供給を受けようとする者に較べて不利となり、かえつてガス事業の公共性、公益性に反することとなる(法第一七条第二項第四号)。そうかといつて、もし、将来の需要者を予定して(広い供給区域について、適確に将来の需要者を予想することは、非常に困難なことではあるが)、ガス供給に要する本支管の敷設費用を、当初のガス料金の中に織り込むべしと、するとガス料金は当初に相当高いものとならざるをえないので、これまたかえつてガスの普及を妨げ汎く国民の利便に資する目的に背馳する結果となることは、見易いところである。

そこで、ガスをできるだけ低廉に供給し、しかも需要者間に負担の不公平をきたさないようにする方法が考えられなければならない。こうした要請に応ずるものとして考えられた制度が、本支管の敷設に要する費用は、当該本支管によつてガスの供給を受ける者に負担せしめるという制度であり、ひとりガス事業のみに限らず、電気事業、水道事業にも採用されているところである。

次に法第二〇条但書についていうならば、前述のとおり、一般的にはガス使用申込みがあると供給規程によつて本支管の工事を伴う場合には、それに要する費用の一部を使用者に負担させることとなるのであるが、この方法によると本件の場合のように既設本支管の末端から離れた地域に初めて導管を敷設してガスの供給を開始しようとする場合には、使用申込みを個々に取扱うこととなる結果、最初に使用の申込みをする者は、導管延長に要する莫大な工事費を負担することとなるので事実上このような申込はなくなりガス普及は困難となる。

そこで、このような地域に早急にガスの使用を希望する者が多数あると認められる場合にガスの普及の促進をはかるため供給規程以外の供給条件によつてガスを供給しうることとしているのが法律第二〇条但書の規定である。換言すれば、法律第二〇条は本件のような広範な地域に初めて本支管を敷設して、ガスを供給しようとする際には同地域において、現にガスの使用を希望している世帯数だけでなく、将来ガスの使用を希望するであろう世帯数をも加えて計画的に本支管を敷設し、これに要した総工費は均等に同地域の需要者に負担せしめる方が一般の供給規程によるより、はるかに需要者の負担を軽減し、工事期間も短縮できてガスの普及に役立つところから、かかる場合には、これを「特別の事情」あるものとして一般の供給規程に定める供給条件以外の条件によりガスを供給することを許しているものなのである。

これを本件についてみれば、ガス会社の本件地域における特別供給条件は、本件地域における過去三年間の世帯数、人口の増加を考慮のうえ、昭和四〇年九月末現在における本件地域の戸数を基準として、三年後における見込普及率を現在ガス使用の申込みをしている一〇七五戸を含めて一二五〇戸と推計のうえ、本件地域の本支管敷設の総工費を二八一六万八七四九円と見積り、そのうち会社負担額を一五二五万六〇〇〇円として、総工事費から右会社負担額を差引いた残額を前記一二五〇戸に公平に按分して一戸当りの負担額を一万三三〇円としているのであるから、一般の供給規程によつて本支管を敷設する場合に比してその工事費の負担額は需要者に有利になつているもので、これを認可した被告の処分も違法である。」

と述べた。

第四、原告の反論<省略>

「一、ガス会社は、ガス発生の設備を完備すると共に、供給区域の全体に亘つて本支管を設置して使用者の申込を待つべきものである。

ところで、ガス会社の供給規程及び被告の認可した特別供給条件によれば、ガス使用の申込は、三種の態様に分けられている。

即ち、

(イ)  一般的の使用の申込。

(ロ)  使用者の都合による例外的な使用の申込。

(ハ)  特別供給条件に従うことを要する使用の申込。

の三つであつて、このうち(イ)は本件支管設置の工事費を負担しないもの、(ロ)はこれを負担するものであつて、この二つは、供給規程の定めるところであり、(ハ)は本件認可を受けた特別供給条件の定めるところである。そして右の特別の供給条件は、境南地区におけるガスの使用申込は、悉く使用者の都合によるものであるとの前提に立つて、ただ使用者の一人一人に賦課する工事負担金の計算方法だけを簡素化した純技術的な便法に外ならない。かくしてガス会社は、供給規定が「使用者の都合により」との前提の下に設けた諸規定を、特別の供給条件を設定することによつて、あらゆる使用に拡大適用させ、本支管設置の費用をすべての使用者に汎く賦課せんとするものである。蓋し、使用者の都合による使用とは、例えば、野中の一軒家が、何百米もの専用道路の先からその家だけのための導管を敷設して使用する場合であるとか、大規模の工場が多量のガスを使用する必要から特別に口径の大きい導管を敷設しなければならない場合であるとかを指すものであつて境南地区の如く、中央線武蔵境駅に密着し、商店、工場、住宅の類が軒を連ねる過密市街地における使用申込が、使用者の都合によるものであるとするが如きは、甚だしく常識に反する。

況んやこの地区は遠く戦前より数十年に亘つてガス会社の供給区域に指定され、他の企業体がガス事業に進出することの許されない独占地域である。

供給区域だけを定めて供給施設を設けないのは、義務を怠るものであつて、ガス事業法の許さないところである。今この地区に本支管を敷設するからといつて、使用者の都合による申込として一般使用者にまで工事負担金を賦課することは許されない。換言すれば、本件ガス会社の申請は、供給規程の中の極めて特殊例外的ケースである使用者の都合による使用の場合に限つて適用すべき本支管工事の負担金賦課の規定を全くの気まぐれから何等の根拠もなく、凡ての使用申込に適用するものということにすりかえ、その賦課の方法のみを簡素化するものという形に仕立て上げこれを特別供給条件としているのであるから、このすりかえによつて新たに負担を課せられる一般使用者大衆は、すでにガス料金の形式に混入して事実上賦課される計算になつている工事費の分担金を、この特別供給条件が実施されることによつて二重に負担させられることになるわけである。従つて、公益事業における費用負担に関する「長期の展望に立つた供給区域全域の低廉にして公平な賦課」という至上命令は、全く蹂躙されてしまう次第であつて、極めて明白な脱線であるのに被告が漫然これを認可したのは違法である。

二、もし、物価騰貴等のため、ガス会社の経営が立ち行かないような事情があるならば、供給規程の改正とか、法第一八条の措置とかこれに処すべき方式は完備しているのである。

蓋し、たとえ公益事業であつても、それが私企業である以上、利益を度外視できないことは当然である。ただ公益事業としては、その性質上、長期、広域、低廉、公平等を収支計画の基調として消費大衆の利益を考慮しながら事業の経営に当ることが必要であつて、投下資本の配当、利息等をも含めた収支のバランスを考えなければならないことは勿論としても、単にバランスが合いさえすればよいといつて、取れるところから取つてしまうという本件におけるガス会社や被告のやり方は絶対に排撃しなければならない。

なお、被告は本支管の建設費は直接これを利用する者から徴収するものが原則であつて、単にガス事業だけでなく、電気事業も水道事業も皆この方式を採用していると主張するが、そのようなことはない。電気、水道等の公益事業は、いずれも基幹の供給施設についてその建設費を直接の申込者に賦課するというようなことはなく、(例外として特殊な用途のものに負担金を課する場合のあるのは、ガスに於ける使用者の都合による場合と同様である。)いずれも消費者大衆が、電気料、水道料の形で長い間にいつとはなく支払つていく建前である。」

と述べた。

第五、被告の再反論

被告指定代理人は原告の右主張に対し、

「原告、ガス使用の申込に関し、三種の態様があるごとくに主張するが、そのような態様はない。原告のいう三種の態様というのは、(一)は申込に応じて既設の本支管から直ちに供給管を分岐できるために、申込者において内管の工事費のみ負担する場合(供給規程12(6) )、(二)は申込に応じてガスを供給するには本支管を延長または入替する必要があるために、その工事費を申込者において負担する場合(供給規程12(1) (2) (3) )、(三)は申込に応じてガスを供給するには本支管を延長または入替する必要があるか、将来その本支管から分岐する供給管によりガスの供給を受けることとなる使用者が見込まれるところから、右工事費については、申込者のみが負担せず、予定される追加使用者も負担する場合(供給規程12(4) )をいうものと考えられるが、これはガス使用申込に応じて本支管の工事費を要するか否かによる差異であつて、使用申込自体に差異あることによるものではない。原告は供給規程12(1) 及至(4) に「使用者の都合により」「本支管を延長する場合」または「入替工事を行う場合」とあることをもつて、本件武蔵野市境南地区における本支管の敷設が原告を含む使用者の都合によるものではないと考えているようであるが、ここにいう「使用者の都合により」というのは、「使用者から申込に応じてガスを供給するため」という意味であるから、右工事費について、原告ら使用申込者において負担を免れうるものではない。

ガス事業者は、法第一六条第一項により供給義務を課せられており、この点からみればすべてガス事業者の負担としてすべての申込に対し本支管を敷設して供給することが望ましいが、前述の理由により工負担金制度を採用せざるを得ない。従つてこの制度の下においては、ガス事業者の供給義務は工事負担金制度を前提として認められるものである。

即ち、申込者のうち法第一七条第一項により認められた供給規程に基づいて算定された工事負担金の支払を承諾した者については、ガス事業者は当然供給義務を負うものであるが、工事負担金の支払いを承諾しない者については、その時点で申込みがない状態になるので、ガス事業者は供給義務の拘束を受けない。

以上の趣旨からみて、「使用者の都合により」ということは、「使用者の申込により」と解釈すべきことは明らかである。即ち使用者の申込に伴なつて、その使用者のために本支管を敷設する場合に供給規程の別表第五のガス事業者の負担部分をこえるものがあるときは、その分については、原因者である使用者の負担となるものであつて、使用者の都合により負担の有無が左右されるべきものではない。」

と述べた。

第六、証拠関係<省略>

理由

第一、本案前の申立てについて、

被告指定代理人は、本案前の申立ての理由の第一として、

「ガス事業法が、特別の供給条件を通商産業大臣の認可にかからしめているのは、これによつて一般大衆を独占から保護しようとする趣旨に出たものであり、ガスを利用し、ないしは利用せんとする者の個々人の利益を保護しようとするものではない。従つて原告は、ガス供給区域の住民というだけのことから、本件特別供給条件についての通商産業大臣の認可を争う法律上の利益を有するに至るものではない。」

と主張する。

ところで元来ガス事業は、私企業に属するものであるが、その事業のもつ公共性から、通商産業大臣の許可なくしては、これを営むことができないものであり(法第三条)、またガスの料金その他の供給条件については、ガス事業者は、供給規程を定め、通商産業大臣の認可を受けねばならず(法第一七条)、一方、通商産業大臣は、右の供給規程が、社会的経済的事情の変動により著しく不適当となり、公共の利益の増進に支障があると認めるときは、ガス事業者に対し、相当の期間を定め、その変更の認可の申請を命じ、期限までに申請のないときは、供給規程を変更できるものとし(法第一八条)、以上のごとくにして認可をうけた供給規程(又は変更された供給規程)については、ガス事業者は、実施の日の一〇日前からこれを営業所等において、公衆の見やすいところに掲示して公表する義務を負い(法第一九条)、かようにして定められた供給規定以外の供給条件によつてガスを供給することはできないものとされ、ただ特別の事情がある場合で、通商産業大臣の認可を受けた場合には、この限りでない(法第二〇条)と定められている。そして、これらの規程からすれば、法は、ガス供給の条件の設定および変更を通商産業大臣の積極的な監督の下におくことによつて、一般大衆を、独占事業による一方的な条件の設定から保護しようとする目的をもつものであることを窺うことができる。しかし、このことは、供給条件が、ガス事業者から、個々の利用者に対して掲示せられるいわゆる普通契約条款たる契約の条項としての性格をも奪うことを意味するものではない。本件の特別供給条件についていうならば、これは、あくまでも、東京都武蔵野市境南町地区におけるガス利用を望む者に対し、ガス会社が掲示した契約条件に他ならないのであつて、従つて、法律上、利用者側にも右条件を承諾するか否かの自由は存するというべきである。けれども前述のごとく、現実にはガス事業のもつ地域的、独占的性格の結果として、右条件を承諾しない利用希望者には、他のガス会社と契約を交わす可能性がないため、事実上、ガスの利用を断念せざるをえないこととなるのである。そうであるとすれば、かりに、本件特別供給条件が、境南町地区のガスの利用希望者にとつて著しく不利であつて、違法に価するにも拘らず、通商産業大臣がこれを認可したものであるとするならば、現に利用を希望する者は、右の認可を訴えをもつて争う利益を有するものといわなければならない。ところで、原告が、本件特別供給条件の適用範囲内である境南町地区に居住しており、ガス会社に対し、昭和四一年一一月、ガスの使用の申込みをしたところ、本件供給条件を掲示され本件認可のあつたことを知つたものであることは、<証拠省略>によつて明らかである。してみれば、以上の論点に関する限り、原告は、本件特別供給条件の認可の適法性を争う法律上の利益を有するというべきであつて、被告の主張は理由がない。

被告は、更に、本案前の申立ての理由の第二として、かりに、本件特別供給条件の認可か取消された場合には、一般の供給条件によらざるをえなくなり、その場合には原告の負担する本支管設置の工事費は、却つて増加するのであるから、訴の利益はない。と主張する。

しかし、原告か負担する本支管設置の工事費用の額は、単に両供給条件の定める算定基準の差によつてのみきまるものではなく、具体的には武蔵野市境南町地区における現実の本支管敷設状態のいかんにもよるのであつて、一般の供給条件によつて原告の負担する工事費用額が、本件特別供給条件によるそれよりも低額となる可能性があるのであるから、原告は本件特別供給条件の認可の取消を求める法律上の利益を有するものというべく、この点についての被告の主張も理由がない。

第二、本案について、

被告が、ガス会社から申請していた東京都武蔵野市境南町地区のガス供給に関する特別供給条件(法第二〇条但書によるもの)について、昭和四〇年一二月二五日、認可をしたことは、当事者間に争いがない。

原告は、ガスの供給については、本支管の設置の工事費は、ガス会社か負担すべきものであるのに、本件特別供給条件は、境南町地区の利用者に対して、右工事費をすへて利用者の負担にしようとするものであるから違法であり、かかる違法な特別供給条件に対して与えられた被告の認可もまた違法であると主張する。

そこで<証拠省略>によれば、ガス会社は、法第一七条の規定に基づき、原告居住地の武蔵野市を含め、東京都、神奈川県、埼玉県の各一部にまたがつた地域に適用するものとして供給規程を定め、通商産業大臣の認可を受けている。この規程によれば、ガスの供給に用いられる導管は、(1) 道路に平行して敷設する導管。(2) 右の導管から分岐して、使用者が占有し、または所有する土地と道路との境界線までの間を結ぶ導管。(3) 右の境界線からガスメーターを経てガスせんまでの間を結ふ導管。の三種類に分けて取扱われており、(1) を本支管、(2) を供給管、(3) を内管と称している(供給規程2の(9) 乃至(11))。そして、ガス工事にあたつては、内管は利用者に売渡すものとし(規程12の(8) )、供給管は、ガス会社の所有であり、かつ、その取付工事費は会社が負担するものとし(規程12の(5) 、(6) )、本支管については、その延長や入替を必要とする場合で、これに要する費用が次に示すような一定の標準をこえた場合に限り、その超過額について、使用者に負担させるものとしている(規程12の(1) 乃至(3) )。その標準額は次のとおりである。

設置するガスメーター灯数 1件につき当社の負担する金額

灯              円

3         10,000

5         16,000

10         25,000

20         25,000

30         50,000

50        100,000

60        100,000

80        100,000

100        125,000

150        250,000

200        250,000

250        250,000

300        375,000

400        500,000

500        625,000

1,000        750,000

1,600      1,000,000

1,700      1,125,000

3,300      2,125,000

4,000      2,500,000

6,000      3,750,000

10,000      6,250,000

14,000      8,750,000

20,000     12,500,000

なお、このほか本支管設置の費用の負担については、その本支管から分岐する供給管によそつてガスの供給を受けることとなる使用者が多数あると見込まれる場合には右工事費については、申込者のみでなく、予想される追加使用者に対しても割当て負担させるものとする特別の供給条件を通商産業大臣の認可をうけて定めることがある旨の注意的な規定もある(規程12の(4) )。そして、本件の境南町地区は、本件認可以前には、いまだ本支管が設置されていなかつたため、ガス会社は、本件特別供給条件を定め、同地区内に本支管を設置することとし、これについての工事費を、総額金二八一六万八七四九円と見積り、そのうち会社が一五二五万六〇〇〇円を負担し、残りを予想される申込者一二五〇人に、平均に負担させることによつて、その地区の利用者の工事費の負担の軽減とガス普及の促進とをはかつたものであつて、右条件によれば、申込数が認可の日以降一二五〇件に達するまでの分のガス設備に要する工事負担金は、均等に各金一万三三〇円と定められ、とくに利用者において、右設置の本支管とは別に、さらに本支管の設置を必要とするような例外的な場合に限り、その分の工事費を加算するものとされている。

以上の事実を認めることができ、この認定を防げるような証拠はない。

ところで原告は、この点に関し、一般の供給規程の定めるところによれば、ガスの使用の申込には三種類あつて、(一)は一般的使用の申込、(二)は使用者の都合による使用の申込、(三)は特別の供給条件に従うことを要する使用の申込であると解しているが、<証拠省略>に照し、一般の供給規程において、ガス使用の申込につき、そのような区別を認めた条項が存するものとは認められない。尤も、供給規程12の(1) 乃至(4) には、いずれも「使用者の都合により」という文言が用いられ、恰も使用者が、ガス設置の申込をするにつき、使用者の都合による申込と、使用者の都合によらない申込とをなしうるかの観を呈するごとくではあるが、右各規定の趣旨とするところ及び地の条項との関係よりみて、右にいう「使用者の都合により」との文言は、申込自体に対する差別を意味するものではなく、いずれも「使用者の申込みにより」と全く、同義に用いられたものと解すべきである。

以上のとおりであるから、本件ガス会社は、その一般の供給規程において、既に本支管の設備の工事費については、一定額をこえる分を利用者の負担としていることが明らかであると共に、本件特別の供給条件は、右の一般の供給規程の定めた供給条件によるときは、境南町地区のガスの利用申込者は、本支管の延長工事を要する部分が多いため、負担すべき工事費が高額となり、申込を見合せる者が多くならざるをえなくなるので、これを避けるため、即ち、利用者の工事費の負担を軽減し、ガスの普及をはかるために設けられた条件に他ならないことが明らかである。従つて、原告が、本件の特別供給条件をもつて、本支管設置の工事費用をすべて負担させようとするもののごとく解しているのは誤りである。尤も、原告は、元来、ガス事業は、公益事業であるから、本支管の設置の工事費は、原則として、すべて会社の負担とすべきものであるとの前提をもつて、本訴の立論をなしている。

なるほど、前述のとおり、ガス事業が社会公共の利益に重大な関係を有するところから、ガス事業法によつて、特許企業として、事業の経営を公共の利益に適合するように、行政庁による監督の下に服せしめられていることは確かではあるが、そうだからといつて、ガス事業が私企業としての性質を有することを全く考慮しなくてもよいというものではないのであつて、本件の本支管の設置工事費の負担を、ガス会社にすべきか、利用者にすべきかの問題は、結局は、一般利用者の利益の保護と、ガス事業の健全な発達のための諸要因とを比較検討することによつて決せらるべき性質のものである。勿論その際、企業の公共性を強調するのあまり、ガス会社に対し、一切の利潤を犠牲にして、あらゆる面で、一般利用者に奉仕すべきこと望むことは行き過ぎであつて、法もこれを予想してはいないのである(法第一七条第二項第一号)。この点に関連して、原告は、ガス会社は、必要な場合には、ガス料金を改訂して、一般の利用者全体から工事費に要する分の金額の徴収が可能であるから、特別の供給条件によるべきではないとも主張している。

しかしながら、現代における文化生活の一般的傾向として、ガスの利用者並びに利用区域が年々増加、拡大しているものであることは、顕著な事実であり、そのような状況のもとにおいて、利用地区の拡大の度毎に、ガス料金を改訂して、新設地区における本支管の設置の費用を、従来からの利用者の使用料に加算して、これに負担させることは、負担の公平を著しく阻害することとなるのである。寧ろ、本件の特別の供給条件に見られるように、会社と受益者との共同の負担を原則とし、地区毎における一定の範囲の新利用者団体に対し、合理的な計算の結果算出された工事費の負担を求めることによつて、新設地区における利用の促進をはかることが、より実情に適しかつ公平な態度というべきである。いずれにせよ、ガス事業法には、本支管の工事の費用を、すべてガス会社が負担すべきであるとした規定は見当らす、却つて、法第一七条第項二第三号によれば、導管、ガスメーターその他の設備についての費用の額及び方法が、一般の供給規程の中に適正、かつ、明確に定められることを必要とする旨定められているのであつて(なお、同法施行規則第一一条参照)、ガス事業法自体としても、延長等の場合における本支管の設置の工事費を原則として利用者に負担させることを否定しているものとは解せられず、またそのような負担を認める見解が公益に反するものと解さなければならない理由もない。よつて、かかる工事費一切を、原則として会社の負担とすべきであるとする原告の主張は、現行法の下においては、採用できないものといわなければならない。

かようにして、原告の本訴請求は、いずれの点においても、その理由がないから、これを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用したうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)

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